多分書庫

飽きるまで読書感想文書きます

読書や本屋さんに想いを馳せる。

 

久しぶりにジュンク堂に行った。私はジュンク堂が本屋の中では一番好きだ。あそこで暮らしたい。寝食をあそこで行いたい。愛している。
ジュンク堂の棚が好きだ。何よりも落ち着く。この棚にはこれがありますよ、みたいな緑の紙がたまらなく愛おしい。あの紙を眺めるために私はジュンク堂に行っているのかもしれない。

また本屋で金を溶かした。ちょっとした臨時収入が入ると私は調子に乗ってどかどかと本を買ってしまう。レジで何度白目を剥いたことか。それでも何度も何度も私は本屋で金を溶かす。私が溶かした金額なんてジュンク堂にとっては瞬き以下なのだけれど。
本屋さんが好きだ。何もなくても見かければ行ってしまう。そして大体一冊ほど買って店を出る。あそこには何か魔力でも溜まっているのかも知れない。

読書が好きだ。ずっとずっと好きだ。私の血肉の一部は間違いなく小説だと思う。私の体の一部は文章で出来ている。
神のような何かとして小説を信仰しているのだと思う。多分一種の宗教じゃないだろうか。読書好きのかなりの割合は本という宗教を信仰しているのではと勝手に思っている。

 

久しぶりのジュンク堂は本当に楽しかった。棚と棚の間を右往左往している時間。ひとつひとつの棚をじっくりと眺める瞬間。
流石に気になる本を全部買ってしまうと本当に破産するので時間をかけて吟味する。これを買おう、いやあれも欲しい、でもこれも買ったら終わってしまう。そんな脳内会議を何度も何度も繰り広げる。
大きい書店に行くと今までは気にも留めなかったジャンルが目についたりする。それが楽しい。面白い。今日も新しいレーベルを発見した。今日は購入できなかったけれど、そのうち買うと思う。
本屋さんは楽園だ。パラダイスだ。私をこの世の天国に連れていってくれる。

いつか紙の本というものはディスコンになってしまうかもしれない。全ての本はデジタルになるのかもしれない。仕方がないと思う。私がいくら嘆こうが私は出版業界を支えられるほどの金持ちではない。
でも今はまだ紙の本がすぐに手に入る。好きな作家の新刊が本屋で買える。だから当分は紙が好きでいたい。ちょっとでも長く紙の本という文化が続けばいいなあと願っている。といいつつKindle Unlimitedで本を読み漁っているのだけれど…。

 

同じ出版社が出している文庫の並びを好きだ。最近は著者別に並べる本屋さんも増えたけれど、私は出版社別が好き。ぼんやりと背表紙を眺めているとん?と気になるタイトルが目に飛び込んだりする。その瞬間が好きだ。
色んな本と出会い別れていく。誰も読んでくれなくてもこれがいいのだと叫びたくなる本に出会った瞬間の喜びと孤独。何日も何日もその本のことばかり考えて、何回も何回も好きな箇所を読み返しては咀嚼して苦しむ。脳が占領されて、誰かに伝えたいのに伝わらない。私の頭を誰かに移植してしまいたいと何度も考えた。誰かコピペしてくれよ。

読書と本屋さんが好きだ。できるだけ長生きしてほしい。

 

本屋の新井

 

 

 

 

 

読んだ。私が読んだのは文庫本になったものなのだけれど、これは文庫版のリンクなのだろうか…?
面白かった。読書好きの間では有名な方なのか、芥川賞直木賞よりも時には売れる新井賞というものを作った人らしい。私はこの人のことも新井賞のことも今日本屋さんでこの本を見つけるまで知らなかった。逆張り天邪鬼人間なのでそういうものかも知れない。
面白かった。もっと本を紹介するエッセイかと思っていたけれど、そうではなく書店員のあれこれの中にぼちぼちと小説のタイトルが混ざっている感じ。本屋さんってこうなってるのか…、など何度も書店員を夢見つつも諦めた人間には有難い一冊。
一個一個のトピックは本当に短く、二、三ページほど。スラスラ読めるし、何度か声を出して笑った。

とても面白いので本が好きな人にもそうでない人にも読んで欲しいなあと思う。

 

 

 

沈黙のパレード

 

 

 

 

読んだ。
久しぶりに東野圭吾を読んだ感じ。私が思う東野圭吾を読んだ気持ちだった。東野圭吾を読んだ時にしか味わえない感覚が東野圭吾にはある。
相変わらず東野圭吾は面白くて、東野圭吾だった。何言ってるかわからないな。
一時はもうガリレオの続編はないと思ったからガリレオの続編が出るだけで嬉しかった。
懐かしかった。ガリレオを読んだ。それだけで十分な気がする。

 

 

以下よくわからない文章

東野圭吾優しくなったなと思った。私がただ素直に信じていた東野圭吾は多分もういないんだろうなと。
私の読書人生の第二章みたいなものは東野圭吾を読んだときに始まった。それまで子供向けの文庫レーベルベルしか読んだことがなかった私が初めて読んだのが東野圭吾真夏の方程式を図書室で見つけて、なんでかわからないけれど手に取った。
そこからは猛スピードでハマった。東野圭吾ばかり読むようになった。あの頃の私にとっては東野圭吾は読むのに時間がかかる小説家だった。だから何日も楽しめた。今は読むのに時間があまりかからなくなった。
ただただ東野圭吾が好きだった。他の小説家の本もいっぱい読んだけど、ずっと東野圭吾を信じていたような気がする。信じるって何かわからないけれど。
中学三年生?の時に人生で一番好きな小説家に出会ったから一番好きな小説家が東野圭吾ということはもうないけれど、その一番好きとは違うベクトルで東野圭吾が好きだと思う。
中学生までが私の中で人生で一番純粋に小説を読んでいた時だと思っていて、そんな時に東野圭吾に出会えて良かったなあと思っている。東野圭吾は間違いなく私の人生を変えてくれた小説家。第二の私の始まりだと思う。

ありがとう東野圭吾東野圭吾の新作がもう読めないと分かったらそれが一番悲しいかもしれない。
私の青春のひとつだったのかなあ。誰を読んでも東野圭吾を読んだ時のような気持ちにはならない。当たり前か。

 

本日は、お日柄もよく

 

 

 

 

読んだ。これもジヴェルニーの食卓を貸してくれた人から借りた本だ。とにかくいいから読んでほしい、いつ返してくれてもいいからと。
間違いなく読んで良かったし、自分も人にそう言って勧めたい本になった。
スピーチライターという職業をこの小説で初めて知った。スピーチ原稿を書く専門の職業があるとは思っていなかったのだけれど、よく考えたらそういう職もあって当然だよなあと思った。

言葉は時に救済となり、時に暴力になるというのは有名な話だけれど言葉の持つ誘導性の描きかたがすごい。主人公のこと葉は好きだった幼馴染の結婚式で伝説のスピーチライターのスピーチを聞きそこから人生が一転していく。たった数分のスピーチを聞くだけで主人公の人生は大きく変わった。そこまで変わる人間は少ないかも知れないけれど、このたった数分のスピーチの吸引力がすごい。
何度もこの小説の中の言葉で泣きそうになった。伝説のスピーチライターが最も尊敬した人の言葉には読んだ人みんな泣いたんじゃないかな…、と思うほど良かった。この言葉を定期的に読むために自分用に買おうかなと思っている。
「本日は、お日柄もよく」というのは日本人であれば誰もが一度は耳にしたことのある定番の言葉だけれどこの言葉の素晴らしさが詰まった一冊。

実は私はお仕事ものが苦手であまり読まない。小説を読んでまで腹が立ちたくないからだ。でもそんな人にも読んでほしい。言葉を持って闘うこと、言葉が持つ意味と行動力。どのスピーチスピーチも最高の吸収力で圧倒されるので。

 

 

ただただ夢中で読んだ。ジヴェルニーの食卓を読み終わってすぐに読んだので原田マハってすごいなあと思いっぱなしだった。
人生で一度は読んでみて欲しいお仕事小説。これがお仕事小説なのかはわからないのだけれど。

 

 

 

ジヴェルニーの食卓

 

 

 

 

読んだ。原田マハ氏は名前は知っていたものの天邪鬼なので読んでいなかった。
私は元々人から勧められた小説というものを読むのが苦手で基本的に読むことはほとんどない。雑誌で紹介された本も読まないのに、ダヴィンチなどは読むような人間だ。
私は立ち読みをしないと本が買えない人間で数ページ読まないと買うかどうするかを決められない。自分が読みたいと思った小説しか読みたくないので必然的にそうなってしまう。だから人から借りると言う行為が苦手でほとんどしてこなかったのだけれど、お世話になっている方からの借り物なので読み始めた。

めちゃくちゃよかった…。どの話もすごく静かで丁寧でまるでこの話に出てくる人物にインタビューでもしたのだろうかと思えるほどの解像度の高さ。原田マハってすごいんだなと思った。

四作ともとてもよかったのだけれど、私はエトワールが一番好きだった。芸術というものの残酷さというか人を踏み台にすることを厭わないことも芸術の一つになる狂気のような。パトロンを見つけるために舞台に立つ少女たちを見たときの感情、そして結局のところ芸術家もそれと等しい行為をしているのではないのか?というドガの発言。
芸術が帯びる狂気、芸術という言葉で片付けられてしまう恐ろしさ、芸術とは怪物なのだと思う。

 

 

印象派という新しいジャンルの中でもがいた芸術家たち。印象派という言葉は侮蔑的な意味でつけられたということを初めて知った。
芸術という得体の知れない何かに呑まれながらも芸術を愛した人々の話です。本当に良かったので一度読んでみて欲しい。自分の血肉になることができる一冊だと思う。

 

 

 

 

日本全国津々うりゃりゃ 仕事逃亡編

 

 

 

 

読んだ。いやあ面白かった。初めて読む人だったけど、他のも読みたいなあと。
そして旅行に行きたくなった。
解説には編集者のテレメンテイコ女史が登場でこの一冊の女史の奮闘がわかります。
クマゲラと沢田マンションが気になって仕方がない。コロナが落ち着いたら沢田マンション泊まりに行きたいな〜。

 

何はともあれ早くコロナが滅しますようにと祈る日々である。

 

 

 

 

バナナ剥きには最適の日々

 

 

 

読んだ。屍者の帝国は読んだけど、他の円城塔作品は初。
裏表紙に書いてあるわからないけれど面白いの意味がとてもよくわかる一冊。合作ではない作品は初読みだったけれど、これから入ってよかったなあとぼんやりと思った。
全体を通して理解できた話は一つもないと思うけれど、面白かった。本当にわからないけれど面白い。そういう小説大好き。
円城塔は数年気になっているので、どんどん読み進めていきたい。

 

 

最近ずっと三体が気になっている。